Personal memory 1
アカシックレコードに記された未来
1994年にゲリーに言われたことは、かなり当たっていた。そして1995年はすごいことが起こると予言されたのだ。「まるで革命というか解放というか、ともかく後でこの時のことを思い出すと、『あれが、まさに、私の誕生日だった!』と思うくらいすごい年になる」と。その当時は、年明け早々に別離を経験し『どこが!』と苦々しく思っていました。
事実その年の個人セッションは文句を言いたくて予約したようなもの(笑) しかし、そこで告げられたことが大きな意味を持ってくるのです。女優になろうとして身体を壊したこと、彼とも上手くいかなかったこと、を伝えました。すると、女優になるというのは、わたしにとって基となる運命だからと言われました。
そこで、わたしは言いました。「わかった、ゲリー。百歩譲ってそうなるとしよう。でも、今のわたしは、それに向かって行動する気持ちはカケラもないの。避けられない運命であるならそれでもいい。でも、他にもなにかヒントはないかしら?」
ずいぶんごう慢な態度だったと思う(笑) でも、真剣だったの。するとゲリー曰く「ヒプノセラピストもいいね。あなたの声がとても催眠向きだから」
その言葉を聞いた瞬間に、自分の中で反応するものがありました。それもいいかもしれないと。自分がセラピーをする側になるとは考えたこともなかったけど、不思議となにか響く思いがあったように思う。だって、すぐに学校を探したり行動しましたからね(笑)
ゲリーとの出会いは、わたしにとってかけがえのない思い出です。最も尊敬する予言者の1人です。ユーモア精神もあり暖かい人柄、そして正確だと思う。今のわたしの理解としては、やっぱり1995年の革命というか改革という位のエネルギーの変化はこういうことだったと思う。
わたしのアカシックレコードでの人生は決まっていた。でも、それを超えていく、予言を超えた選択をしていくことが解放なんだと思った。ある意味の自由、でも、それとともに失われるものもある・・・でも、わたしは、それを選択した。別離の最中に内側からのちいさなささやき「これで、やっと本当の人生が歩ける」の意味はこれだったのかなと思う。
そして、未来を知ることによる自分の反応を知ることができた。全部が全部自分好みの人生であればよかったかもしれないけど、物事には両面がある。未来を知ることによって失うものもわかってしまう。そうなるとその瞬間から、知ってしまったら成就しないような気もする。だったら、わたしは、もう知らなくていいのかもしれない。
もし、あの時、ゲリーのセッションを受けず彼と出会っていたら・・・もしかしたら、その方がある意味幸せだったかもしれないと思うこともある(笑) でも、逆に別居中と知った瞬間にあっさり別れていたかもしれない。 ただ、どちらにしても思うのは、やっぱり出会うべくして出会ったということ。
わたしは不安定な状態で、あのまま愛し続けたとしても、やっぱり不満はあっただろうし苦しんでいたかもしれない。いいことも悪いことも、人生にはどちらの部分もあると思う。だとしたら、やっぱり今ある人生、自分が選択したことに責任を持ち、今が幸せに思えるようにするのが一番だと思った。
ヒプノセラピストと言われ、自分がアカシックレコードの誘導の中で体験したことを思い出した。全部が繋がっていると思った。そして、これがわたしの新しい人生へのツールなのだと確信したのです。
その後、パウロ・コエーリョの「アルケミスト」を読んで納得しました。未来を知ることができるのはどんな時か?という問いに対しての言葉。
神様がそれを見せてくれる時だ。神様は、ほんの時たまにしか、将来を見せてはくれぬ。神様がそうする時は、それはたった一つの理由のためだ。すなわち、それは、変えられるように書かれている未来の場合だよ。
「アルケミスト」パウロ・コエーリョ
まさにそうでした!(笑)