Diary
罪と罰 2007. 6.28 THU
罪を犯したら償わなければいけない。それは誰でもわかることだよね。一番苦しむのは自分、真実を知っているのは自分なのだから・・・
そんなことを、ここ最近考えています。ニュースとか見ているとホントに思う。罪を逃れて本当にいいのだろうか?と。
弁護士さんは罪を軽くするのが仕事。そういう立場だからわからなくもない。徹底的に加害者側に立って情状酌量の余地を求めてきます。
でも、むしろ逆に被害者であるかの如く最近は変わってきている気がするのは気のせいなのかな?(笑)
かと言って徹底的に断罪するのもどうかと思うよね。冤罪もある位だし、ある種の思い込みは間違った方向へと進んでしまうこともある。
ホント法律は難しい。真実を明るみにすることとイコールでないところもね(笑)
真実って一体なんだろう?誰にとっての真実??
実は見方によって立場によって真実は違ってしまう。だからホント難しいと思う。それを裁かなくてはいけないのだから大変な仕事だと思うよね〜
以前日記に書いたこともあるけどディベートという討論の方法があります。
このルールに則っていると、どちら側に立っても真実だと主張することができるのです。賛否両論、実は私達はどちら側に立つこともできます!
それまで正しいと思っていたものが、逆の見方をすることで全然別物に変わっていったのです。
そんなバカな!!!と思いました。ものすごく混乱し、消化するのに時間がかかりました。
例えてみるなら、自分の中の価値観がガラガラと音を立てて崩れていく経験をしたのです。「絶対!」と思っていたことの崩壊・・・
それ以来、私の辞書には「絶対」という文字はありません(笑)
でも、おかげで考え方の幅がぐーんと広がって自由になった感覚が得られました。今まで自分を縛り付けていた檻から解放された感じ・・・というと大げさかな?(笑)
でも、そのくらいの衝撃はあったと思います。
よく言えば包容力?悪く言えばいい加減になったのかも。
そうなると日常で腹が立つことも減って楽にはなるけど、人としてどうだろう?と思うことも多々あります(笑)
もっと憤りを感じてもいいのではないか?とかね。でも、ニュースを見ていても反応はイマイチです。色々な見方や解釈の仕方をするので栄養になっている感じかな。
もちろん疑問に思うことも時々あります。それが今回の山口の母子殺人事件です!
犯人が未成年だったから、とかいろいろな理由で極刑を免れそうな感じです。被害者のご主人が数年に渡り訴えている気持ちが切なくて胸が痛くなります。これは許してはいけない気がする・・・
誰のために?もちろん加害者の為です。メディアで伝えられている情報しかないから判断はし難いけど、やはり反省しているようには感じられません。
というか反省して許される問題ではない気がします。
彼のテーマはなんだろう?と時々考えます。この先、たとえ刑期を終えたとしても普通に生活していくことができるのだろうか?ってね。それは彼に限ったことではないけれど・・・
被害者の人生は(生きていれば)乗り越えていけるものだと思う。なにかしら深い意味があって学びがあって成長もあるはずだから応援することができます。
がんばって超えていって欲しいと心から思うし・・・その姿を見て励まされたり勇気をもらえたりするよね!
でも加害者はどうなのかな?
このことは、まだ今の段階では正直わかりません。でも、いつか答えがみつかればいいなと思う。
・・・うーん。去年も似たような内容の日記を、このタイミングで書いている気がします(笑)
そういうサイクルなのかな〜でも、去年よりは少しは成長しているかも?