Diary
本当の望み 2007. 6. 9 SAT
謙遜が美徳の時代は終わった・・・と、最近つくづく思う。もしかしたら、今までずっと騙されていたのかもしれない?(笑)という気もしてくる。
謙虚で誰にでも優しく感じがいい人であれば愛される? 多くを望まず人に尽くす人が幸せになれる? でしゃばらず控えめが絶対好感を持たれる?・・・・・・・!?
ね?そんなことないでしょう?
極端な例だけど、自分勝手に生きていても魅力的な人はいっぱいいる(笑)
どんどん営利を追求しても豊かな生活とやりがいのある仕事を手に入れることができる。必ずしも家庭が崩壊する訳ではない(笑)
逆に控え目で人に優しい人が利用されて悲しい思いをすることもある。
どんなに、いい人だったとしても家庭が壊れることもある。文句を言わないだろう、怒らないだろうと軽く扱われることもある。欲がないばかりにチャンスを逃すことも多いかもしれない(笑)
上記の例に反論したい人もいるよね?そんな極端なケースはおかしいって(笑)
では、どうであることが理想?
人に優しく豊かな人生を送れる人・・・それが私は理想かな。ちょっとズルイ?いいとこ取り?(笑)
でも、そうハッキリと自分の希望を言える人がどれだけいるだろう。
良い人の要素の部分は口に出せても悪い人の要素と被る部分はなかなか難しい。豊かになるとか幸せになるとかは思っていても口に出せない人が多いのです。
それはなぜか?
悪い人の要素と被るからだと思うのです。あれもこれもと欲張って望むことは悪いことだと子供の頃から刷り込まれている人が多いみたい。
たぶん、親や周りの大人達から教えられたしつけの部分。
まあ、確かに、なんでもかんでも欲しがる子供に与えることは不可能だよね(笑) 与えればいいという話でもないし・・・わがままを矯正するのも親の役目、しつけでもあります。
でも、今なお、大人になった今でも、その観念に縛り付けられているのはどうだろう?
もう大人なのに、自分で判断できる年齢なのに、未だに過去の教えを大切にしているの?
それに、豊かになったり幸せになったとしても、誰かの犠牲の上に成り立つわけでもないのに罪悪感があるのはなぜだろう?
・・・このことに気づくと、正直ハッとします(笑)
私もいっぱい過去の思い込みの亡霊に縛られていたからね!
それを1個づつ解除していくのは大変だけど、でも、楽しくもあります。少しづつ自由になっていく感覚が得られるからね。
今の自分が何を望むのか?を、そろそろ見直す時がきているかもしれないね。今までの自分の常識を見直して新たな自分のルールを作る。ちょっとワクワクしません?(笑)
「自分に許可をする」という言葉を何度となく使います。ホントに文字通り許可するだけでいいみたい。
許可するだけで流れがスムーズになってきます。もちろん、許可するには、それなりに納得しないと難しいけどね。
そのプロセスを通過していくのが結構楽しかったりします。どんどん解放されていく感じ♪
ホントに簡単なんだけど、簡単なことが一番難しいんだよね(笑)
これからの人生に少し欲を持てるようになったら、その目標に向かって動き出すことができます。許可をして行動する・・・それが大事。
決して諦めない人生を生きるために、私は今日もお仕事します♪