Diary
手放したい葛藤に気づく 2004.10.27 WED
腰の痛みでしばらく日記をサボっていた。前回の怒りのエネルギーは正当と思いながらも痛みを作り出していたくらいだから、実は・・という本音にも薄々気づいていた。
なんだか出てくる時はいっぱい出てくる。自分の嫌な面に直面させられる。
いい面でもあり嫌な面でもある。常に物事には両面が存在する。だから否定してばかりでもいられないし、開き直るのも違う気がする。ありのまま受け止めるとはどういうことだろうか???
今年は台風が多くて大変・・・と思っていたら今度は地震。ちょうどセッション中だった。かなりの長い揺れに驚いたけど、最中だったので冷静に受け止めていました。
でも、その後テレビを見てただ事ではなかった事を知った。新潟からは何名か来ていただいた方がいるので心配でしたが、ただ見守る事しかできない自分がはがゆかったです。
かといって何ができるというのだろうか? テレビで動向を見ているだけの自分。もしかしたら興味本意?と思えなくもない。建物や道路が無惨なくらい倒壊し自然の猛威に驚くと同時に畏怖の念も感じた。
わたしたち人間が作り上げてきたものが一瞬のうちに崩れ去ってしまう。それは恐ろしくもあり安定したもの、絶対の物なんてないんだという真実に目を向けることにもなった。この三次元という現実を改めて思い返していたのです。
たぶん、わたしは少しおかしいのだと思う。ある意味現状維持のネジが欠けているのかもしれない。だから、安定する事、たとえば結婚するとか子孫繁栄とかのレールからはみだしているのかもしれない。
認めるのはちょっと辛いけど、そう思えばすべてが上手く納まる事も知っています。今回だけでなく災害に対しても危機感があまりない。無責任なのかもしれない。いいトシをして保険に入ったのも最近のことです(笑)
備えをすることが、それを必要とする出来事を引き寄せると信じていたし、だったらネガティブな事に備えて準備をするのは意味がないと感じていた。その思いは今でも変わらないけど、少しは聞く耳を持てたような気がする。
発想の転換というか母に言われたのです。「備えをして、それが無駄になったらいいじゃない?」と。そういう考え方も一理あるなと思いました。そして保険料の計算をして終身の支払額をまとめました。
確かに大きな金額だけ、一度も入院や手術をしないで健康でいられたらラッキーです。使わなければ勿体無いから使うことになるかも?と以前はセコく考えていたけど、そうとも限らないし寄付したと思えばいい。
どうせ月々その位の無駄遣いはしています(笑) 恥ずかしながら年金も未払いなのでそれも対処します。
すごく自分本意に考えていた事を痛感し、やっと人としてのベースができてきそう。前向きに今、ここの自分に気づき始めていました。すると、今度は子供の頃からの先延ばしにしていたテーマが見えてきました。正義感と偽善についてです。
もっとも本質的な自分のテーマだと思う。やはり、ここでもまた、母とのやり取りからです。
小学生の頃、母とテレビでユニセフの番組を見ていました。母は苦労した子供時代を過ごした人なので同情心も厚く、いつも熱心に見ていました。時折涙を流しながら私達に大切な事を教えてくれました。
今の自分達に感謝するようにとか、人との繋がりや思いやりの心についての躾です。当然、当時のわたしは、そんなことを受け入れられるような器ではなかったので猛反発しました。
恵まれた時代に育った子供の常として理解は難しかった。説教なんてうんざりと思っていました。
また、勉強もできて口も達者、理屈っぽい性格もあり、ああ言えばこう言うタイプの子供だったので、ある時プチンとキレる瞬間がありました。言ってはいけない事だと承知しながら自分でも止める事が出来なかった。
母の事を偽善者呼ばわりしました。
安全な場所でテレビを見て安っぽい涙を流す。同情しているだけ。他人の不幸を見て自分の幸せを確認しているだけなのではないか。そんなものは本当ではない。嘘つきだ!
そう思った子供時代の自分が今の自分に訴えている。その頃の母親と全く同じ行為をしている自分に・・・
この時の思いや記憶はずっと前に消化できていると思っていました。カウンセラーになる動機のひとつでもあり、学校に入学する際の作文にも書いて提出しました。
この時の思いを理解したくて、こころを癒す仕事を目指したのです。
他人を批判する気持ちや理詰めで割り切ろうとする自分を手放したかったのかもしれない。なにかが引っ掛かっていて、ここにヒントがあることを知っていたのだと思う。バランスを取る為に・・・
そして、理論武装して必死に訴えたかった思いは何だったのかわかりました。あの頃のわたしは悔しかったのです。遠くの国や不幸な人達には愛情をかけている母親。でも、わたしには厳しく妥協や甘えは許してくれない。
長女であったし、母なりの愛情で厳しく強く育ててくれた事を後に感謝することになるのだけど、やはり当時のわたしは、そうは思えなかったんだと思う。
母を切り捨て、罵倒し最低な人間であると決めつける事で自分の気持ちを守った。そうすればそれ以上傷つく事はない。
それ以来、母の愛情をあてにする事はなくなりました。期待しなければ悲しむこともない。自分一人で生きていこう!と強く思い努力した。
元々そんなに甘えるタイプでもなかったけど、さらに強化されたと思う。おかげで自立して生きていける人間になれたから良かったけどね(笑)
今では感謝の気持ちしかないです。母との出会いが偶然でないことも理解していますし、仕事にもすごく役立っています。
インナーチャイルドセラピーでチャイルドと向き合う時も、すごく複雑な気持ちもわかるし、わかってあげたい、大丈夫だと安心していい、って本当に思えます。
前世療法でも様々な人間関係の意味が必ずあることや、今生の自分に気づいていけるようにサポートできる自分を信じられます♪ それも、すべて自分の葛藤があったからこそ。
だから手放すというよりも。本当の意味での再会、そして変容が起きたような感じ。やっと、ここまできました!って気分です☆