Diary
飽きっぽいとも言うけれど・・・ 2008. 5.18 SUN
気がつけば18日振りの日記です。前回前々回と難しい内容を考えてしまったせいか次に切り替えるタイミングをうかがっているうちに・・・!と、まあ、言い訳ですね(笑)
ホントに気分のムラがあるというかテンションの上がり下がりが大きいというか、ある程度、こんな内容にしよう!と思っていても仕事をしたりテレビを見たりするうちにテーマがずれてしまうのが考えモノなのです。
途中まで書いていてもコーヒー一杯飲んだだけで気が済んでしまうこともしばしば(笑)
こんなことでは到底小説家などになれはしないと思いつつ・・・・(苦笑)
たぶん、気持ちが長続きしないという性質なのかも。良く言えば切り替えが上手い。悪く言えば飽きっぽい。
仕事的にはプラスなのだと思う。毎回切り替えができるので新鮮な気持ちで取り組めるし後に引きずることは滅多にありません。
仕事とプライベートも簡単に切り分けられるし場合によっては友人関係も簡単に立場をチェンジできます(笑)
まあ、ある意味「コウモリ」なのかな〜と思うけどね(笑)
果たして敵なのか味方なのか・・・!?
以前に親子とか夫婦で同じ日に時間をずらしてセッションをしたことがあります。お互いに敵対する言い分があったりしても、どちらに肩入れすることもなく、どちらの言い分にも同じように話を聞くことができるのです。
自分でも、どちらかにジャッジするのでは?と思ったけど結局は中立したポジションを保つことができ、どちらに対しても適切なアドバイスができたと自負しています。
そして、今でもその感覚は同じように変わっていません。
私の中で起こったことは、普通に、その時対した方の目線で、でも、相手方の目線プラス客観的な目線でいられました。言葉にするのは難しいけど、とても微妙な、でも不思議な感覚です。
たぶん、判断はしていなかった・・・かな。
普段私達は絶えず起こる出来事に対して判断するということを求められていると思います。善悪や好き嫌い、理解できるかできないか、受け入れられるか受け入れられないか・・・etc....
だけど本当は判断することを求められていないのかな?と思ったりもします。逆の立場で考えれば、ジャッジされることを望んでいないような・・・
もちろん、自分の言い分が正しいと認めて欲しい、相手より自分の意見を尊重して欲しいという要求はあると思います。
でも、ホントに自分が正しいと判定されれば満足できるのか?というとそうではないと思う。
一時的な勝利は味わえるかもしれないけど、また別の人からも認めて欲しくて気になってくると思うのです。もしかしたら全世界の人から認められても不安になるかも(笑)
それは、きっと、自分が本当に納得している結末に終わってないからね。
勝利を収めて服従した気分になったとしても長くは続かない。一番認めて欲しい当事者、つまり相手側からの心からの和解がなければ解決ではないからです。
相手側の立場になったとします。正しくない、とジャッジされた方は納得がいかず、いつまでも対立姿勢は変わらないと思う。むしろ強化されるはずです。
そうなると真の解決とは何か?言わずもがな・・・ですよね(笑)
そのことを意識してやっているという訳ではなく自然にできるのが利点かなと思います。単にいい加減なのかもしれないけどね(笑)
なので思いがけない解決に至ることもあり、ということをお伝えしておきます。もちろん、それは本来なるべき方向に進んでいるということでもあり・・・
たぶん、これも過去世退行を生業とした結果かなとも思います。
なにしろ様々な人生、様々な立場を見聞きし立会い誘導しているのです。通り一遍な判断など通用するはずもなく臨機応変に対応していくことになるので自然と身に着いたのかも。
ホントに人間は深いです。人生の意味は深く運命や選択に絶対はありません。だからこそ悩むし悔いることもある。
今生の私達の人生も全く同じだと思う。
状況は違っていてもそこに流れるテーマは同じです。だから過去世を知ることで今生がわかるのかな〜と思ったり・・・・・ね(笑)